エンジニアリングマネージャーと委譲

⏩ 委譲とは

委譲とは、上司が持つ権限を、部下に部分的に譲り渡すことです。

委譲は組織の成果や個人の自己実現の達成においてとても重要な手法であり、優秀なエンジニアリングマネージャーになるには上手く委譲するスキルを学んでいく必要があります。

次のようなことがある人は、委譲のスキルを磨いていく必要があるでしょう。

  • 自分で仕事を抱え込みがちでいつも忙しい
  • 自分でやった方が早いと考えてなかなか任せられない
  • 任せてもいまいち期待する成果をだしてくれない

委譲のメリット

よく言われる委譲のメリットは次の通りです。

  • モチベーションの向上:メンバーは任せてもらえたと感じ、裁量権が与えられて自主性を発揮できるので、仕事への意欲が高まる
  • 成長促進:メンバーが新しい視野や視座で自ら考えて行動する機会を得ることで、成長をすることができる
  • 組織成果の向上:EMが委譲した業務から手が離れ、組織全体の成果を高めることに集中できるようになる

委譲の最終的なゴール

こちらもよく言われていることですが、委譲の最終的なゴールは自分が不要になることです。

仮に自分が不要になった場合のイメージとしては、次のような状態でしょう。

  • メンバーが自律的に業務を遂行できる
    • メンバー自身で自立して計画、実行、振り返り、改善を実施できる
    • 問題が発生しても、自力で解決できる
    • 新しい知識やスキルを積極的に学び、自己成長に励む
  • チームが自立してうまく機能する
    • チーム目標に向けて、チームが重要なことにフォーカスして取り組む
    • メンバー同士が協力し、情報共有や助け合いが活発に行われる
    • 他チームと連携してチームの成果を高めていける
  • EMは技術戦略や組織運営に集中できる
    • EMは細かい業務指示が不要になり、戦略策定や組織運営に多くの時間を使える
    • 業界動向や最新技術を把握し、開発組織の戦略を考える
    • 採用や育成の仕組みづくりをすることで、中長期的に組織のケイパビリティを高める

補足として、自分が不要になるといっても、存在価値がなくなるというわけではありません。組織やチームという視点で、チームやメンバーを支援し続けて、組織全体のパフォーマンスを高めていくことは責務として持っているため引き続き実施していきます。

🔎 委譲のやり方

委譲する中で一番大切なことは、「成果の期待値を擦り合わせ、タスクをできる能力があるか確認し、能力とタスクの重要度を鑑みて委譲の度合いするか決めていく」ことです。

誰に委譲するか

基本系としては、委譲するタスクに対して、Will(やりたいこと)とCan(できること)がマッチした人に委譲します。なぜなら、やりたいことなので高いモチベーションで取り組んでもらえ、また、できることなので高いパフォーマンスを発揮してもらえるでしょう。

しかし、次のように必ずしもWill/Canとマッチしないこともあります。

  • できることをやり続けても成長角度は下がってしまうので、ときにはチャレンジングなことを実行してもらい成長を促す
  • 業務として重要かつ必要だけどできる人がいないので、やりたいことではないが意義を説明しつつタスクをお願いする

また、中級編として、委譲においては、チーム全体を見渡して誰がどのように動くとチームの成果の最大化をできるかを考えます。メンバー同士の強みを活かし、弱みを補完しあえるように動ける体制を組めるとチームの成果をさらに高めていくことができます。

ちなみに、メンバーのWill/Canの把握については、1on1や日々の観察などを通して事前に準備しておく必要があります。

何を委譲するか

委譲のゴールである「自分が不要になる」と照らし合わせると、次のような観点で委譲を進めていくと良いでしょう。

  • 普段の開発・保守運用はチーム内で完結できるようにする
  • 個々のメンバーが自律して業務を進められるようにする
  • 次のリーダーやエンジニアリングマネージャー候補が育っている

このようにすることで、開発を進めていく中でEMがボトルネックになることはなくなります。また、課題が起きてもチームやメンバーの成長機会となり、強いチームや自立したメンバーに育っていくでしょう。

もちろん、あくまで理想なので、足元何かしら課題がある中で、短期と中長期のバランス、成果と成長のバランスをとりながら、支援や介在していく必要はあります。

委譲する内容として、以下2つは注意が必要です。

  • 失敗したらチーム全体の成果が大きく毀損する重要度が高いタスクでリスクを取らない
  • 全ての責任は委譲できない。実行を任せたとしても、最終的な結果の責任は上司が持ち続ける

どうやって委譲するか

委譲を打診し、お互いに納得したら、期待値を擦り合わせていきます。

まず、委譲を打診して納得してもらうには、日々の感謝や賞賛を伝え、タスクの意図や意義を伝え、相手のメリットを伝えます。

  • 感謝や称賛を伝える
    • 褒める、相手の名前を呼ぶ、相手に重要感を持たせる、良いところを承認して後押しするなどして相手を認めます。
    • 上っ面のテクニックではなく、素直な気持ちで本心から伝えることが大切です。
  • 意図や意義を伝える
    • タスク内容を伝えるだけでなく、そのタスクの意図や意義を伝えます。
    • 目的がはっきりすることで、意欲が高まったり、成果に繋げる動きがしやすくなる。
  • メリットを提示する
    • 人を動かすためには、相手に自らの意思で行動を起こさせるよう働きかけることが重要です。
    • そのためには、相手の立場に身を置き、相手の視点から考えて、「行動したい!」と思ってもらうように働きかけます。

次にお互いに納得したら、委託する内容の期待値を擦り合わせていきます。擦り合わせる内容としては、「成果」「権限」「評価」を中心に擦り合わせていきます。

  • 成果
    • いつまでになにを達成して、どのような成果を上げるか
  • 権限
    • 責任と権限はセットなので、実施できる権限を与える
    • また、使用できるリソース(人、カネ、技術など)を明確にする
  • 評価
    • 成果を評価する基準と時期を明確にする
    • また、報酬やキャリアの影響、組織や顧客への影響も伝える

どのぐらい委譲するか

「エンジニアリングマネージャーのしごと」では、タスクをどのぐらい委譲するかという度合いを以下のように紹介しています。左から右に行くほど委譲の度合いが大きくなる一方、コントロールの度合いもどんどん下がっていきます。

委譲の物差し(引用元:エンジニアリングマネージャーのしごと)

「委譲する相手のスキル」と「委譲するタスクの難易度」を照らし合わせながら、どのぐらい委譲をするかを擦り合わせていきましょう。そして、「完全な委譲」に向けて、ティーチング、コーチング、メンタリングなどを通して委譲の度合いを高めていきます。

委譲を成功させるポイント

よく言われる委譲の成功させるポイントです。当たり前と思うような内容ですが、なかなか実践するのは難しいです。

  • 部下の能力を把握する: 部下の能力や経験に合った権限を委譲することが重要です。
  • 明確な指示を与える: 委譲する前に、目標や期待値を明確に伝えましょう。
  • 定期的にフォローアップを行う: 部下の状況を把握し、必要に応じてアドバイスやサポートを提供しましょう。
  • 失敗を恐れない: 部下が失敗しても、責めるのではなく、学習の機会と捉えましょう。

よくある委譲の失敗パターン

今度はよくある失敗例から、自分がこのような委譲をしていないか振り返ってみてください。

自分でやってしまい全く委譲できていない

あれもこれも自分でやって委譲が上手くできてないケースです。全てを自分で抱え込むと、自分がボトルネックになり、チーム全体の成果を阻害します。また、委譲ができないことでメンバーの成長機会を奪ってしまいます。

重要な仕事は自分ではなくチームに任せ、自分はチームが仕事の成果を120%発揮できるようにサポートをするという考え方に変えていく必要があります。

丸投げしてその後はフォローしない

丸投げしてその後の状況は全く追わないというケースです。タスクの進捗はどうか、品質は満たしているか、メンバーはサポートを必要としているかなど全くわかっていません。これでは、任せたタスクがうまくいくかいかないかは運頼みになってしまいます。

期待値をすり合わせて、適切な支援をしていくことで、タスクの委譲を進めながら、メンバーの成長も促すことができます。

任せたタスクのやり方にまで介入してしまう

EMがマイクロマネジメントして具体的なやり方までに介入してしまうケースです。これでは、委譲された人の自主性が毀損され、モチベーション低下が起こったり、いつまでたっても委譲ができません。

他の人のやり方が自分と同じであることを期待してはいけません。目的、背景、期限を伝え、具体的な実現方法については任せます。その中で、メンバーが実現方法について支援を必要としている場合のみ、やり方について助言をしていきます。また、大事になる失敗以外は許容して任せるという胆力も必要になってきます。ちなみに、ジュニアの方は、必要に応じてHRTの精神を持ち大きく介在することで実力を大きく伸ばすこともできます。

⬆️ 成長を促す任せ方

メンバーを成長させ、組織全体のレベルアップを実現するためには、単に仕事を任せるだけでなく、持続的な成長支援を行うことが重要です。ここでは、成長を促す任せ方の4ステップを紹介します。

1. 失敗を許容する環境を作る

ビジネスで成功するには、チャンスを捉えて全速力で駆け抜けることが必要です。しかし、チャンスを見極めるためには経験が必要であり、失敗はつきものです。

良いマネージャーは、メンバーがチャンスを見極められるようサポートし、失敗しても大丈夫と思える環境を作ります。失敗を責めるのではなく、挑戦したこと自体を称賛する文化を醸成することで、メンバーは積極的にチャレンジし、そこから学ぶことができます。

2. チャレンジングなタスクを任せる

メンバーの成長を促すためには、意欲や適正に沿った、適度な挑戦しがいのあるタスクを任せることが重要です。メンバーの実力やポテンシャルを観察し、コンフォートゾーンから抜けたチョレンジングな目標を設定します。

誰に、どんな舞台を与え、どのように準備するのか。適切な期待と挑戦を促すことで、メンバーは潜在能力を発揮し、大きく成長することができます。

3. 忍耐強く見守り、必要に応じて支援する

仕事を任せたら、口を挟まずに相手を信じて見守りましょう。また必要に応じて支援するときも、答えを教えるのではなく答えを見つけるためのヒントを与えることで、メンバーの思考力や問題解決能力を養うことができます。

また、メンバーひとりひとりの個性や強みを尊重し、それぞれのやり方で成果を出せるように支援することが大切です。任せた後は、適切なタイミングでフィードバックを行い、成長をサポートしましょう。

4. 成果に報いる

メンバーが成果を達成したら、具体的なフィードバックと称賛を伝えることで、モチベーションを高めることができます。さらに、次のゴールを示し、その魅力を伝えることで、さらなる挑戦と成長を促すことができます。

なぜその仕事をするのか、目標達成によってどのような未来が待っているのかを明確にすることで、メンバーは仕事への意欲を高め、主体的に取り組むようになります。

これらのポイントを意識することで、メンバーの成長を促しながら、組織全体のレベルアップを実現することができるでしょう。

📚 参考書籍・サイト